高校時代に“六本木野獣会”を結成し、16歳で芸能界入りを果たした田辺靖雄さん。
俳優・歌手として1960年代から芸能界で活躍を続け、代表曲「ヘイ・ポーラ」で一躍スターの仲間入りをしました。
そんな青春の輝きから半世紀以上が経った今も、田辺さんは歌手協会の会長としてステージに立ち続けています。
今年4月には、妻・九重佑三子さんとの“80-80”記念アルバム『Good Times』をリリースし、全国ツアーも計画中です。往年のファンだけでなく、同じ時代を生きてきた人たちの日常にもさりげなく寄り添う、その今の姿に、きっと「自分たちの青春もまだ消えていない」と感じていただけるはずです。
田辺靖雄の若い頃
田辺靖雄さんが芸能界に足を踏み入れたのは、高校在学中の16歳のときでした。

仲間たちと赤坂や六本木を遊び場に活動していた“野獣会(六本木野獣会)”を結成したことで注目を集め、渡辺プロダクションから声がかかり、本格的にデビューをしました
デビュー直後には、テレビ朝日の『ザ・リクエストショー』やNHKの『夢であいましょう』にレギュラー出演。
その親しみやすい雰囲気と歌声で、多くの視聴者の心をとらえました
1963年には、梓みちよさんとのデュエット曲「ヘイ・ポーラ」が爆発的なヒットとなり、第14回NHK紅白歌合戦にも初出場しました。
その翌年にはソロでも「二人の星をさがそうよ」がヒットし、歌手としてもとても人気がでました
当時の田辺さんは、若手らしい柔らかな魅力と、少し控えめな雰囲気が印象的でした。
それもあって、多くの人に“親しみを持てるスター”という地位を獲得していたようです。
田辺靖雄の代表曲
田辺靖雄さんの代表曲といえば、やはり1963年にリリースされた梓みちよさんとのデュエット「ヘイ・ポーラ」(HEY PAULA)です。
この曲は日本で大ヒットし、文化放送の『ユア・ヒット・パレード』で年間1位を獲得しました。
また、東京で最も売れたレコードとして、その年のランキングでもトップに輝いたことが確認されています
オリジナルはアメリカの「Paul and Paula」によるナンバーで、1963年2月に全米チャートで3週連続1位になるなどすでに話題の曲でした。
日本語訳と軽快なデュエットスタイルに乗せて見事に再現した「ヘイ・ポーラ」は、多くのリスナーの心に強く残りました
「ヘイ・ポーラ」の大ヒットは、田辺靖雄さんの歌手としての地位を一気に押し上げた、言わば“出世作”
その後の「二人の星をさがそうよ」をはじめとするヒット連発へと繋がる、まさに人生のターニングポイントとなった1曲です。
結婚相手の九重佑三子さんはどんな人?
九重佑三子(ここのえ ゆみこ)さんは、1946年3月21日生まれ、東京都台東区出身です。

1962年に「ダニー飯田とパラダイス・キング」のボーカルとしてデビューし、翌1963年にはシングル「シェリー」でソロ歌手としての道も歩み始めました
1967年にはTBS系特撮ドラマ『コメットさん』で主演を務め、中南米での人気も得る国民的アイドルとなりました。
同年、21歳という若さで『第18回NHK紅白歌合戦』の紅組司会に抜擢されています
田辺靖雄さんとの出会いは、共通の歌番組「ヒットパレード」の収録がきっかけだったようです。
当時、所属事務所の規則から女性タレントは男性と話すことさえ制限されていた中、田辺さんは「変わった子だな」と感じたそうです。

1973年1月、森繁久彌ご夫妻が仲人となり、世田谷八幡宮で結婚しました。
九重さんは26歳、田辺さんは27歳でした。
2023年には金婚式(結婚50周年)を迎え、今もなお「芸能界のおしどり夫婦」として敬愛されています。
その後は育児のためいったん芸能活動を休止するものの、1986年から夫婦デュオとしてコンサートやテレビ出演を再開しています。
田辺靖雄の子供は何してる?
田辺靖雄さんの長男、田辺晋太郎(たなべ しんたろう)さんは、1978年11月5日生まれ、現在46歳になります。

音楽プロデューサー・作曲家としての道を歩みつつ、さらに「肉マイスター®」としても知られるユニークな人物です。
2001年に音楽ユニット「Changin’ My Life」のメンバーとしてデビューし、アニメ『満月をさがして』のエンディングテーマ「Myself」は5万枚を超えるヒットとなりました
その後、2003年からはフリーの音楽プロデューサーとして、AKB48・渡辺麻友さんの「ヒカルものたち」でオリコン週間1位を獲得。
城田優さんや瀬戸康史さんなど多数のアーティストに楽曲を提供し、確かな業績を重ねています
さらに「肉マイスター®」として、焼肉関連の著作が累計数十万部を超えるベストセラーとなったほか、飲食店のプロデュースやコンサルにも精力的に関わっています。

中野に焼肉店『ホルモン人生タロちゃん』を開業したほか、一般社団法人「食のコンシェルジュ協会」の初代代表理事として活動中です
音楽と食、二つの異なるフィールドで活躍し続ける田辺晋太郎さん。その多才な姿は、2世タレントとは呼ばせない、父母の芸能人生と並び立つ存在感で活躍しています
田辺靖雄さんは現在何してる?
田辺靖雄さんは現在、日本歌手協会の8代目会長として、後進の育成や業界の発展にも力を注いでいらっしゃいます。
日本歌手協会は、プロの歌手の権利や財産、名誉を守ることを目的として設立された団体で、様々な歌謡祭を開催しています。
田辺靖雄さんは2025年4月5日に80歳を迎えられましたが、誕生日に九重佑三子さんとの新アルバム『Good Times』を発表されました。
アルバムには、ご自身の日本語詞による「マイウェイ」や、夫人の敬愛するペギー葉山さんの名曲「夜明けのメロディー」などが収録されており、長いキャリアを通じた“今”のメッセージが込められています
その他にも、総合葬祭事業社「メモリアルアートの大野屋」のメッセージキャラクターにご夫妻で就任され“田辺ファミリー”として、三世代の絆を通した安心と豊かさを伝える活動にも取り組まれています
いつまでも九重佑三子夫人と仲良くすごされていて、流石は“芸能界のおしどり夫婦”と呼ばれるだけはありますよね
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